« 1/28J-CAST「JCBが契約解除『ホメオパシー商品』クレジットカードが使えない」について、JPHMAからの公式見解発表 | トップページ | 日本学術会議がホメオパシー否定の根拠としたランセットの論文をスイス政府医療技術評価(HTA)レポートが正式に否定! »

2012年2月 2日 (木)

「Strangeな日本」 ICH国際電話会議より

2月1日、定例の28カ国、30団体からなる国際ホメオパシー評議会ICHの国際電話会議が行われ、来年のICHの理事会をはじめ、ICHのさまざまな議案が各国の代表より討議された。

その議案の一つとして、JPHMAから世界に向けて発信していた、日本における以下のホメオパシーの現状も取り上げられた。クレジットカード会社JCBは、「科学的に証明されていない商材を扱うこと」「健康保険が適用になっていないこと」「自然治癒力を触発するものを利用することは、医療ネグレクトにつながる可能性があること」を理由に、日本、海外も含めホメオパシーの商材を扱う全ての会社との契約を解除するとし、実際にJCBによる一方的な契約解除が行われた。

各国よりコメントを求められた由井会長は、以下の通り見解を述べた。

「このようなホメオパシーに偏見をもつ一部のカード会社がホメオパシー商品を取り扱わなくなることは、日本のホメオパシーの普及にとって大きな問題とはならない。他の良識あるカード会社もあるだろうし、手数料をカード会社に支払うより、顧客にその分を還元する方が健全」

また、ICHのメンバーからは、JCBの対応について、

「日本はとてもおかしい!」「日本でしばしば奇妙なことが起こる」

との声が相次いだ。

今回の件のみならず、科学者団体の最高峰である日本学術会議が「ホメオパシーを荒唐無稽」と公式発表した件や、日本助産師会が「助産師はホメオパシーを使ってはならない」と公式発表した件などを含め、世界各国の代表たちは、200年の歴史をもち優れた療法であるホメオパシーに対する日本の対応に開いた口がふさがらないという様子だった。

また、アメリカの団体からは、以下のような発言があった。

「アメリカでは1900年代初期、ホメオパシーがとても盛んであったが、ホメオパシーを阻止する大きな力が働いた(※1)。当時のアメリカのホメオパス達は、その勢いに対して「心配ないから大丈夫」と楽観視していたが、何も策を講じなかったために、アメリカのホメオパシーは衰えた」

ホメオパシーについて、事実でないことを報道されたり、事実でない理由で不当な対応を取られた場合は、黙っていることは正しいことではない。風評被害に対して事実を徹底して伝えていくことが、自己治癒力を使い自らが治るホメオパシー療法が残っていくために必要なことなのである。

JPHMA理事一同

※1「ホメオパシーを阻止する大きな力が働いた」=米国医師会

ロックフェラー(J.D.Rockefeller)やケタリング(CharlesKettering)といった大企業のリーダーたちも、成人後は一貫してホメオパシーのケアを受けており、ホメオパシーを評価していた。ホメオパシーを「積極的で進歩的な医療手段」と形容していたロックフェラーは、九七歳まで生きた(九三歳で亡くなった彼のホメオパスよりも長生きしている)。一方のケタリングは、アメリカの二社の大手企業(ナショナル・キャッシュ・レジスター社とゼネラル・モーターズ社)に、ホメオパシー医によるケアが受けられる従業員用クリニックを開設するように働きかけている。彼本人も、ホメオパシー医であるマッキャン医師(T.A.McCann)のケアを頼りにしていた。そのケタリングの協力のもと、オハイオ州立大学は一九一四年にホメオパシー医学を教える学部を設けた。

一九二〇年、そのホメオパシー医学部に研究所を付設すべく、ケタリングは一〇〇万ドルを寄付している。しかしまもなく、米国医師会の代表が学長に学部の閉鎖を強く働きかけ、ホメオパシー医学を教えれば医学認定の剝奪もありうると警告した(Roberts、1986)。その会談の直後、大学側はケタリングに寄付金を全額返却し、ホメオパシー医学部を閉鎖している。

薬の販売では途方もない額の金がもうかるが、われわれの多くは、巧みなマーケティング戦略によって、医薬品のこのような「景気の良い」側面から目をそらされたり、やむを得ないことだと思ってしまいがちである。

こういうことだ。ゴリラが家の中にいるのに、ゴリラがいると言おうものなら、ほら吹きか変人呼ばわりされてしまう。このゴリラは昨日や今日生まれたわけではなく、何世代にもわたってここで成長を続けている。このゴリラは、相手側が協力を求めようと求めまいと、競合する勢力を排除しようとする自己防衛本能をもっている。いかなる競合勢力も、繰り返し徹底的に攻撃を受ける。

ホメオパシーの歴史は、医療のこのような一面を明らかにしている。というのも、米国医師会は一八六〇年から二〇世紀初頭にかけて、その倫理規定に、会員はホメオパシー診療を行う医師に相談してはならず、ホメオパスを受診している患者を治療することも許されない、という条項を設けていた。医療史上、医師が瀉しゃけつ血によって患者を死亡させたり、水銀などの腐食剤を日常的に処方していたような時代に、米国医師会にとってとがめるべき行為であって起訴に値するとされた唯一の行為は、ホメオパスを受診するという「罪」だったのである。

事実、一八八一年にニューヨーク州の医療機関が、学問上の資格の種類を問わず、ホメオパシーを利用する医師にも会員資格を認めたことがきっかけで、ニューヨーク州医師会が米国医師会から丸ごと締め出されてしまった。ニューヨーク州医師会がようやく米国医師会に復帰できたのは、二五年も経ってからのことである(Walsh,1907,p.207)。

世界の一流有名人がホメオパシーを選ぶ理由(ホメオパシー出版)より引用

最近の記事

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31